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神戸地方裁判所尼崎支部 平成4年(ワ)253号 判決

主文

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

1  被告は原告中川昌樹に対し、一六八万一五三三円及びこれに対する平成二年七月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は原告中川美代子に対し、一〇六万三三四七円及びこれに対する平成二年七月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、被告が、原告らの了承を得ることなく、契約者・原告ら名義の簡易保険を解約したが、これは不法行為に当たるからその解約還付金相当額の賠償をすべきである、または、被告の解約還付金の取得は不当利得に当たるから被告が受領した解約還付金相当額を原告らに返還すべきであるとして、解約還付金相当額並びに解約の日の翌日からの民法所定の利率による遅延損害金の支払いを求めた事案である。

二  争いのない事実

1  当事者等

被告は、中川一美(以下「一美」という。)の妻であり、原告中川美代子(以下原告美代子」という。)は一美と先妻との間の子である。原告中川昌樹(以下「原告昌樹」という。)及び中川章夫(以下「章夫」という。)は、原告美代子の子である。

被告は、昭和二一年一美と結婚以来昭和五二年一一月まで、同人と同居していたが、同月から平成元年九月三〇日まで、一美とは別居し一人住まいをし、同年一〇月一日から平成二年七月二二日まで、一美、原告ら及び章夫と同居し、同月二二日以降、再度一美と別居し、以後一人住まいである。

2  本件各保険契約の内容

被告は、保険証書に次のとおりの記載のある簡易保険契約を締結した(以下、(一)(二)(三)を併せて「本件各保険契約」といい、(一)を「本件保険契約(一)」、(二)を「本件保険契約(二)」、(三)を「本件保険契約(三)」という。)。

(一)保険証書番号

四三-二七-八〇四五六七九

契約者 中川昌樹

被保険者

中川昌樹(昭和四二年一月二日生)

受取人 無指定

保険種別

全期間払込一〇年満期養老保険

死亡保険金・満期保険金 二〇〇万円

保険料月額 一万五一〇〇円

契約発効 昭和五七年一〇月二五日

満期 平成四年一〇月二四日

(二)保険証書番号

四三-二八-八七七三四一九

契約者 中川美代子

被保険者

中川章夫(昭和四四年四月二五日生)

受取人 中川美代子

保険種別

全期間払込一〇年満期養老保険

死亡保険金・満期保険金 二〇〇万円

保険料月額 一万四五四〇円

契約発効 昭和六二年七月一日

満期 平成九年六月三〇日

(三)保険証書番号

四三-二七-五七九二〇五九

契約者 中川美代子

被保険者

中川美代子(昭和一六年一月一二日生)

受取人 無指定

保険種別

全期間払込一五年満期養老保険

死亡保険金・満期保険金 一〇〇万円

保険料月額 四六〇〇円

契約発効 昭和五六年九月七日

満期 平成八年九月六日

3  被告は本件各保険契約の証書及び届出印章を保管管理していた。

4  被告は、平成二年七月一六日、尼崎下坂部郵便局で、右保管管理中の保険証書及び届出印章を呈示して、原告らの名で本件各保険契約を解約し、解約還付金を受領した。その金額は次のとおりである。

(一) 本件保険契約(一)

受領金額 一六八万一五三三円

内訳

保険還付金 一四五万一八〇〇円

剰余金 二一万三二三三円

未経過保険料還付金一万六五〇〇円

(二) 本件保険契約(二)

受領金額 五〇万二〇九五円

内訳

保険還付金 四八万四六〇〇円

剰余金 一万七四九五円

(三) 本件保険契約(三)

受領金額 五六万一二五二円

内訳

保険還付金 四九万四〇〇〇円

剰余金 六万七二五二円

三  争点

保険契約者として解約還付金を受領する権限を有するのは誰か。

1  原告らは、被告は原告らの委任を受け本件各保険契約を締結した。そうでないとしても、被告は事務管理により原告らのために本件各保険契約を締結した、したがって、契約者は原告らであって、解約還付金を受領する権限を有するのは原告らであると主張し、次のとおり述べる。

(一)(1) 保険契約は、その一切の保険内容について、保険証書の記載事項及び保険約款に基づいて締結されるから、保険証書の記載事項が契約内容である。

(2) 本件各保険契約においては、保険契約者として原告らの名が記載されているから、原告らが保険契約者であり、保険料を負担するのも原告らである。原告らの名で納付した金員は、その金員の出所、その納付者、納付の意図の如何を問わず、原告が納付負担した保険料である。

(3) 満期又は保険事故発生による保険金の受取人は、特に指定がないかぎり、被保険者または契約者であって、それ以外の者が保険受取人となることはあり得ない。保険証書・印鑑・保険金領収書を保管していたとしても、保管者が保険金受取人となるわけではない。したがって、本件各保険契約の保険金受取人は原告らである。被告は原告らにかわって受領したにすぎない。

(二) 原告らの家族構成は、一美と被告の夫婦、原告美代子、原告昌樹、章夫であるが、これらの世帯を賄う収入は、原告美代子の父であり原告昌樹の祖父である一美の収入である一美の給与(退職後は年金)及び白百合荘の賃貸料収入、被告の給与(退職後は年金)であったところ、この世帯収入が保険料の支払いの原資となったものである。

2  これに対し、被告は次のとおり主張する。

本件各保険契約は、被告が、貯蓄目的で原告らの名義を借用して締結したものであって、本件各保険契約の保険料は被告が支払ってきたものであるから、被告には還付金を取得する権限がある。

第三  当裁判所の判断

一  保険契約者として満期保険金・解約還付金を収受しうる者

保険契約において、保険契約を締結し保険料を支払ってきた者と保険証書において契約者として記載された者とが異なる場合、保険契約者として満期保険金・解約還付金を収受する権限がある者は、保険契約を締結し保険料を支払ってきた者が契約者の代理人として右行為をしていたような場合(保険料を贈与してきたといいうるような場合)のように保険契約上の権利をその名義人の自由処分に委ねる趣旨で締結した場合は別として、通常は、保険契約上の名義人ではなく、当該保険を自己が契約者であるとの意思をもって保険契約を締結し、自己の資金をもって保険料を支払ってきた者であるというべきである。

二1  本件各保険契約に用いられた印章

(届出印章)

本件各保険契約に用いられた印章が原告ら所有のものであったと認めるに足りる証拠はなく、原告らと被告は本件各保険契約当時別居していたことやこれらの印章を保管していたのは被告であること(いずれも争いのない事実)からすると、これらの印章が被告所有のものであったという疑いを払拭できない。

2  本件各保険契約の保険証書及び届出印章の保管者

争いのない事実及び弁論の全趣旨によれば、本件各保険契約の保険証書及び届出印章は、いずれも、契約当初から解約の時まで終始被告が保管していたと認めることができる。

3  本件各保険契約の保険料を支払った者及びその原資

証拠(原告中川美代子、被告)及び弁論の弁趣旨によれば、本件各保険料を郵便局に対し支払っていたのは被告であると認めることができる。

次に、被告がその原資をどこから用意したかについて検討する。

被告本人尋問の結果及び被告作成の陳述書(乙6の2)によれば、被告個人の収入から保険料を払ってきた旨の供述及び記載がある。しかしながら、証拠(甲4、原告中川美代子、被告)及び弁論の全趣旨によれば、被告は、保険料を支払ってきた期間中、一美の収入とみられるものも合わせて管理しており、被告個人の収入とそれ以外の収入は渾然一体としていて区別しがたい状況であったと推認でき、右認定に反する証拠はないことに鑑みれば、被告個人の収入と特定できる金員から保険料が支払われてきたということはできない。しかし、被告が管理している家計の中からその才覚で保険料を支払ってきたということはでき、保険料の原資は自己の資金に準ずるものであるといえる。

なお、保険料が原告らの収入から支払われてきたものではないことにつき当事者間に争いはないから、保険料の原資は原告らの自己資金ではない。

4  本件各保険契約締結の目的

原告美代子はその本人尋問において、被告は原告美代子に対し、原告昌樹や章夫の結婚資金のために簡易保険に入ると言っていた、被告が家を建てる際、原告美代子から約一八〇万円の資金提供を受けたが、その返済のため原告名義で簡易保険に入ると言っていたとの趣旨の供述をし、別件における被告の本人調書(甲4)には、最初は原告ら及び章夫のために契約したが金が無くなったので解約した旨の記載があるが、他方、被告個人の貯蓄目的であった旨の被告本人の供述もある。

そこで、検討するに、原告ら及び章夫のために契約したといっても、将来、原告ら及び章夫が結婚その他の理由でまとまった金を必要とする場合、被告が、本件各保険契約の満期保険金をもって援助しようと心づもりしていたという趣旨であったとも理解できるのであって、必ずしも満期保険金・解約還付金を原告らの自由に遣わせようという趣旨であったとは認められない。

三  右に検討したとおり、保険料を支払ってきた被告が、届出及び本件各保険契約の保険証書を終始保管管理してきたものであって、本件各保険契約上の権利を実質上支配していたということができること、本件各保険契約における保険料は被告が自己が管理する家計収入(収入源は、被告と一美)の中から支払ってきたものであり、原告らの収入からは出捐されていないこと、本件各保険契約の目的が原告らの自由に満期保険金を遣わせる意図であったとは認められないことからすると、被告は、本件各保険契約上の権利を原告らの自由処分に委ねる趣旨で締結したものとは認められないから、原告らを本件保険契約者として満期保険金・解約還付金を収受しうる者と認めることはできない。

四  結論

以上の次第であるから、原告らの本訴請求はいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

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